大都市の予約の取りづらさや物価の高さに比べると、日本の田舎は食いしん坊にとって間違いなくもっと魅力的だ。
新潟旅の最初の目的地は、村上への「遠征」(実際には電車で30分ほど)。旧越後国最北の城下町として栄えたこの古い町には、歴史的な城跡や武家屋敷、有名な瀬波温泉に加えて、150年の歴史を持つ老舗、割烹 新多久がある。



店は1867年に創業し、2006年の火災の後に再建された。今の店構えは、現代的な雰囲気と庭園の美しさを兼ね備えている。
現在は五代目を継ぐ山貝真介・山貝亮太の兄弟が営んでいる。兄が板前で料理を担当し、弟は厨房で味付けと煮込みを担当する。


食材の90%以上が村上の地元産。山と海に挟まれたこの街は食材の宝庫と言っていい。海鮮、野菜から日本酒、米、調味料まで質が高く、地元の牛肉と岩船産の米は日本全国でもトップクラスだ。
兄弟二人は地元文化を発信することにもこだわりを持っている。「せっかく遠くから村上まで来てもらうのだから、村上の食材の魅力をしっかり感じてほしい」と語る。
当日のカウンターは6席で、ちょうど貸切状態になった。一番高いコースを選んでもわずか22,000円。店側は親切にも英語メニューまで用意してくれていた(内容の2割ほどはズレていたけれど)。おもてなしには十分な心遣いと温かさがあった。


抹茶豆腐
ちょうど新茶の季節で、最初の一品は武家風の小さな椀に盛られた抹茶豆腐だった。
食感は意外にも搗きたての餅のようで、もちもちと粘りがあり、なめらかで繊細。柔らかな茶の風味が口の中でゆっくりと広がり、ほのかな塩気が旨みを引き立て、余韻にはほんの少し上品な苦みが残る。
P.S. 村上は日本の商業的茶生産地として最北端に位置し、「北限の茶処」の異名を持つ。遠征のついでに、地元の茶舗を覗いてみるのもおすすめだ。

ヒラメ 煮こごり
一般的な料亭の刺身の出し方とは異なり、新多久のヒラメは二部構成になっていた。まず煮こごりを食べ、旨みが口に残っているうちに急いで刺身をひと口。前者は凝縮された旨みを、後者はたたいて軽く炙ることで、身そのもののコリッとした弾力を見せていた。
兄の山貝真介さんが語っていたように、「刺身が美味しい」というより「この魚が美味しい」と言うべきで、食材を一つの全体として表現している。

牡丹海老 鹿尾菜 柚子
運ばれてきた瞬間、「見てないで早く食べて」と急かされた。
海老真丈は見た目こそ地味だが、中には丸ごと一尾の牡丹海老がほぼ生の状態で包まれている。火の通ったすり身は濃厚で香ばしく、生の海老は甘くシャキッとしていながらもちもちしていて、二つの食感が混ざり合い、味わいは豊かなのに口当たりは軽やか。香り高く滑らかで、後を引く一品だった。

桜鱒

桜鱒はまさに旬。村上市の三面川産は特に有名だ(興味のある人は、新潟の水族館で関連の展示を見ることもできる)。
焼き方も興味深い。まず魚の身をアルミホイルで包み、昆布出汁で表皮をさっと湯通ししたあと、素早く炭火にかけて皮の弾力と張りを取り戻す。
皮は薄いながらもコラーゲンをたっぷり含み、噛むとしなやかで弾力がある。脂の乗ったふっくらとした身とのゆるみと張りの対比が絶妙だった。

豆 青筍

のどぐろ 山芋のすりおろし
地元の甘い豆を使った箸休め。異なる形に調理された豆が、清らかな甘みの中に植物本来の香りを際立たせていた。
のどぐろは、猛火で炙って香ばしく黒く焼き上げた皮の魅力が光り、そのコントラストが粉紅色の身と美しく対比する。しかし本当に驚かされたのは、皿にのった山芋だった。酸化した酸味は一切なく、ただただシャキッと爽やかな食感。この小さな町の植物たちは、いつも格別に輝いている。

海藻

穴子飯

写真ではこの穴子の本当の大きさは伝わりにくい。真介さんがカウンターで手振りを交えて教えてくれたところによると、およそ1メートルもあり、この時季の村上を代表する食材のひとつだという。
鰻の皮は薄くしつこさがなく、身は脂が乗ってふっくら。店が用意した熟成酒と合わせると、元は鮮烈だった鰻の風味が、温かく穏やかな旨みへと変化していった。

猪 きゅうり

アスパラガスの茶碗蒸し
弟の亮太さんは数年前に狩猟免許を取得しており、そのためメニューにはその季節らしいジビエが時折登場する。今回は前日に仕留めたばかりの猪肉で、小さなきゅうりと柿の種を添えて。風味はやや物足りなかったが、なかなか新鮮な体験で、肉料理としての箸休めのような位置づけだった。
続いて意外にも運ばれてきたのは緑の一椀、アスパラガスのピューレを使った茶碗蒸しだった。西洋風のポタージュの技法を取り入れたかのようで、繊維感のないきめ細かな質感、アスパラガスの爽やかな香りがいっぱいに広がり、なめらかな中に春の気配を感じさせた。

赤斑石斑魚の炙り

タコと山椒水
椀の中の赤と白は、実は同じ一匹のタコから取られたもので、部位ごとの食感の違いをはっきりと表現するとともに、村上近海で獲れた活きダコの食材としての強さも見せてくれた。
白い部分はタコの胴体を細く切ったもので、多少歯応えがありながらも軽い歯切れの良さがある。赤い部分は足で、よりみずみずしくパリッとした食感がはっきりしている。小さな一椀を食べ終えても、まだ物足りなさが残るほどだった。

山菜豆腐餅、茄子、猪肉、いんげん
新多久は村上地域の海産物の良さを際立たせるだけでなく、野菜料理への丁寧さも同じくらい行き届いている。
山菜と豆腐で作った小さな餅は、村上の「ういきょう餅」を思わせる仕上がりで、山野菜の香りを存分に引き出していて、食べれば食べるほどやみつきになる。焼き茄子は柔らかく味がよく染みていて、炭の香ばしさが濃厚。いんげんはシャキッと甘く爽やかで、ひと口ごとに新鮮さが詰まっていた。
唯一少し惜しかったのは、添えられた猪肉で、獣臭がやや強く、この一食の中で唯一の失敗作になってしまった。

間八寿司

主食の前半は間八の押し寿司。北陸地方の押し寿司の形と、村上地元の飯寿司(いずし)の発酵の風味を組み合わせていて、形式面での取り入れが見て取れると同時に、村上ならではの味わいも感じられる。
新多久では、飯寿司でよく使われる干し鮭を、新鮮な間八に置き換えている。発酵による酸味とほのかな辛みが、魚の脂ののりとちょうどよく融合し、層がはっきりしている。ひと口ごとに異なる風味が感じられ、旅行者である私たちの好奇心を絶えずくすぐってきた。



もう一つの主食は、言うまでもなく新多久名物の白米だ。古い陶製の羽釜で新潟県魚沼産の米を炊き上げ、水は村上の地元の湧き水を使用している。言葉にしがたい香りで、粒はふっくらとし、もちもちと甘く、清らかな湧き水のような透明感を纏っていた。
副菜も面白く、ほんのりピリ辛の自家製マヨネーズと石鯛の組み合わせも、猪肉のコロッケも、どちらもご飯によく合い、同行者の一人はおかわりを重ねて4杯も食べていた。

山椒のムース
またしても意外な緑の一皿、それは山椒のムースだった。
聞くとやや際どい料理に思えるが、控えめなしびれ感が妙に引き込まれ、甘さの表現もストレート。見た目は地味だが、味わいはまったく普通ではなかった。









ペアリングは大洋盛や〆張鶴といった地酒が中心だったが、料理との相性は抜群だった。まさに「地の食材には地の酒」という日本らしい特徴を体現していた。
サービスにも面白い小さな工夫があった。一般的な店ではカウンターの客全員に一本のボトルを見せて回るものだが、新多久では余分にボトルを用意していて、客二人につき一本のペースで置かれ、誰もがラベルの情報を確認しやすくなっていた。
心のこもった小さな工夫こそが、いつも一番心を動かすものだ。

食事を通して、ほぼすべての料理に工夫と印象深さを感じた。しかも村上を離れては再現しがたい味わいだった。
新多久のメニューは、伝統的な料亭のように決まったルールに沿って魚や野菜を調理するのではなく、むしろ食材の潜在力を引き出すことに重きを置き、そのうえでコース全体の流れとバランスを考えている。
兄の山貝真介さんがインタビューで語っていたように、優れた食材を前にしては、味を足すよりも、調理の技法によってその食材本来の味を引き出す方がいい。
割烹 新多久
新潟県村上市小町3-38
木曜日〜火曜日
11:30〜14:30 17:00〜21:30
https://murakami-sintaku.com/menu.html
テイスティングメニュー 11,000円/16,500円/22,000円
兄弟による割烹の精密なコントロールにせよ、村上の豊かな物産にせよ、新多久の料理と体験は、書き留めておきたくなるような美しさに満ちている。東京から三時間かけてでも訪れる価値のある店だ。
次の季節が待ち遠しい!










































































































































































