四谷すし匠は、東京の中でも時代性と伝説的な地位を兼ね備えた、古参の名店だ。
創業者・中澤圭二氏がニューヨークで開いた店が昨年ミシュラン三つ星を獲得したことは言うまでもない。現在、銀座 鮨あらいの新井祐一大将も、麻布十番 鮨めい乃の幸後綿衣大将も、ともにこの店で修業を積んだ。
東京はもとより、ニューヨークの寿司文化を代表するような伝説や人物を、数多く「育てた」店と言っていいだろう。


四谷のこの店は開業から三十年以上、2016年からは二代目・勝又啓太氏が板場を任されている。
内装は昔ながらの寿司屋そのもの。年季の入った木箱に魚が並べられ、席同士の距離も近く、いつも賑やかだ。勝又大将は客との会話が大好きで、笑いながら受け答えしつつも、魚を取り、包丁を入れ、握り、客の前へ差し出す——一連の動作は速く、無駄がない。隣では次の一貫がもう仕込まれていて、狭い空間を何人もが忙しなく行き来しながらも、不思議と秩序は保たれていて、時折オーバーなくらいの表情や演出も挟まれる。
こうした市場のような「賑やかさ」を持つ板前は、東京でも実はあまり多くない。



幕開けはカマスの小さな一貫、油揚げとネギを添えて。魚はうっすらと脂がのり始める季節で、豆腐と合わせるとなかなか香りがいい。
寿司が交互に出てくる。春子鯛の上にはでんぶ。熟成された身は柔らかさが主役で、そこに細やかな甘みがついてくる。小肌には熟成の跡があり、銀色の皮の味がはっきりと表れ、魚そのものの存在感もしっかりしている。
どちらにも明確な熟成の痕跡がありながら、絶妙な塩梅が保たれている。



約10キロのアラ。ピンク色の身にのった透明感のある脂は、見るからに食欲をそそる。一番好きだったのは、脂の多い部分を噛んだ時のパリッとした食感で、噛むほどに白身魚の香りがゆっくりと広がっていく。
まな板の上のカツオはまるで美しいルビーのようで、握りにすると香りが際立ち、酸の効いたシャリとの相性も抜群だった。
きす(𬶮魚)は昆布締めで、熟成感がはっきりとしていて酸味もより立体的。舌先に当たる柑橘の香りが熟成した白身の匂いを抑え込み、口の中には逆に明るい余韻が残る。



タコは目を見張る一品だった。
特別に柔らかく煮込まれていて、分厚い皮にはゼラチン質のような食感があり、噛むほどに旨味が口の中にどんどん蓄積していく。
脂がのっていながら、しつこさのない存在だった。



マナガツオの番になると、大将は白シャリを用意した。魚は同じく柔らかく、食べると脂の潤いから来る甘みがある。続いて墨イカは甘くもちもちしていて、噛むほどにシャリの酸塩味とイカ自体の甘みのコントラストがどんどんはっきりしてくる。
その後、太刀魚の炙りが登場し、ようやく待ち望んでいた脂の香りの一口が補われた。
肴と寿司は一見気ままに交互に出てくるようで、最初は順番がつかみにくい。食べ進めるうちに、実は前後で呼応し合っていて、濃淡にもメリハリがあり、ペースはずっとコントロールされていたことに気づく。




マグロとイワシは対照的で、それぞれに個性のある表現だった。熟成や漬けの跡がはっきりしていても、シャリに支えられて魚本来の香りはちゃんと残っている。
赤身も中トロも、どちらもしばらく熟成させたもの。前者は赤く艶やかな身にわずかな弾力だけを残し、醤油とわさびに支えられて魚の香りがゆっくり立ち上がる。後者は口の中でほとんど溶けてしまうような食感で、酸味も美しい。
イワシは銀色の皮の香りと脂が一気に押し寄せ、口に入れるとすぐに身がとろけ、香りはシャリに長く絡みついたまま離れない。




客観的に言えば、アワビとサンマの表現はやや型どおりで面白みに欠けた。
とはいえ客としては、6万円前後の客単価の店で、ある水準の食材を求めてしまうのは避けがたい。肴のこの部分に関しては、匠はやや物足りなさを感じさせた。
やはりシャリを伴う二貫で、口の中の満足感を取り戻すことになる。
車海老は頭に少しミソを残したまま、鮮度は申し分なく、締まった身と合わせて甘くシャキッと切れがいい。喉黒の手巻きは、初秋らしいほのかな脂のりを感じさせ、ちょっとした満足感を運んでくる。
握り19貫と肴が終わり、時計を見るとまだ70分しか経っていなかった。
板場にどれほどの連携があれば、これほど一皿ごとに流れるように、しかも忙しさの中にも乱れなく、ぴたりと繋がる構成が成立するのか、想像すらつかない。




すし匠名物の「三大件」は、やたら長い追加メニューの中に隠れている。
金目鯛の皮目炙り、鮟肝に西瓜奈良漬を添えたもの、そして「おはぎ」。
本店の鮟肝には驚かされた。匠を代表する看板料理として、弟子筋や他店で何度となく再現版を食べてきたが、本家がここまで印象的だとは思わなかった。
肝はねっとりと緻密で、甘みの強さを隠そうとしない。上にのった西瓜奈良漬は非常にパリッとしていて、一気に食感を切り替えてくれる。本来重く濃厚になりがちな組み合わせが、ここではバランスよく、満足感がありながらも爽やかに仕上げられている。


食事が終わると、板前は一瞬でアイスクリーム屋に早変わり。十数種類ものフレーバーが並べられ、選べるようになる。お腹も満たされ、酒も数巡した頃には、大将もすっかりリラックスした様子。安納芋とミントのフレーバーの間で迷う。
「もっと食べてもいいですよ。」
誰もがモダンな審美眼、優雅な職人技、極上の魚貨を語る時代にあって、匠はあくまで古風な画になる体験で、十分すぎるほど特別な時間をくれる。
板前の自由でくつろいだ空気感と、板場の中の整然とした秩序が、鮮やかなコントラストを成している。
それは、頑なに守り続けられてきた、古き良き寿司体験ならではの魅力のようなものだ。
老いたフェラーリも、やっぱりフェラーリ!
発掘する価値あり(というのは冗談だけど)。
すし匠 Sushi Sho
月曜日〜土曜日 18:00/21:00
(月・水・金は11:30の部も追加あり)
おまかせコース ¥50,000++

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